大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和33年(ワ)791号 判決

原告 永田猪太郎 外一名

被告 加茂川健治 外一名

主文

被告小松正之は原告に対し金十五万九千百六十一円及び之に対する昭和三十三年八月二十九日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告小松正之に対するその余の請求及び被告加茂川健治に対する請求は何れも之を棄却する。

訴訟費用中原告と被告小松正之との間に生じたものは之を三分しその二を被告小松正之のその余を原告の負担とし、原告と被告加茂川健治との間に生じたものは原告の負担とする。

この判決は、原告において被告小松正之のため金六万円の担保を供するときは同被告に対する勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、原告に対し、被告加茂川は金三十九万円及び内金十二万七千四百八十円に対する昭和三十三年八月二十九日以降、内金二十六万二千五百二十円に対する昭和三十四年一月二十三日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を、被告小松は金二十六万二千五百二十円及び之に対する昭和三十三年八月二十九日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、被告小松は鎌倉市内で三ツ矢不動産部なる商号で不動産の仲介業を経営するものであるが、

訴外星野喜一は昭和三十二年一月十四日被告加茂川から、金八万円を、利息一月金五千円、利息の支払期貸付の月の一箇月分は貸付と同時に元金から天引し、二月乃至十二月の十一箇月分は貸付金に加算して貸付元本とする、元金の弁済期昭和三十二年十二月二十五日にて借受け、その担保として星野所有の鎌倉市山崎字富士塚九百六十七番地、家屋番号第五二番の三、木造亜鉛葺平家居宅一棟建坪十坪七合五勺につき抵当権を設定することとし、被告加茂川から金七万五千円を受領したのみで、その頃右元本に十一箇月分の利息金五万五千円を加え合計金十三万円を元金とし利息年一割八分、利息の支払期毎月末日限、元金の弁済期昭和三十二年十二月二十五日、期限後の損害金年三割六分なる消費貸借契約につき公正証書を作成し、右建物につき抵当権設定登記手続を為した。

そして被告加茂川は昭和三十二年三月分の利息の未払を理由として、同年四月十六日右抵当権実行の為横浜地方裁判所に対し前記建物につき競売を申立て、同月三十日競売開始決定を受けたが原告は被告小松の仲介により同年十二月十七日星野から、前記建物を代金三十三万五千円で買受け、手附金として金六万円及び内金として金十万円合計金十六万円を交付したところ、星野は同月十九日被告加茂川に対し金十二万円を支払い、被告加茂川は同日之と引替に抵当権抛棄による前記抵当権設定登記の抹消登記手続を為し、次で、原告は星野から右建物につき売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記手続を受け、同月二十七日星野に対し残代金十七万五千円の支払を了し、星野は同日前記建物につき原告の指定する訴外勝田宇めのため所有権移転登記手続を為し、又被告加茂川は昭和三十三年一月七日前記競売の申立を取下げた。

ところが、之より先訴外国民金融公庫は星野に対する支払命令の執行力ある正本に基く金二万円の債権の執行のため、昭和三十二年六月十一日前記建物につき強制執行の申立を為していたため、被告加茂川の競売の申立の取下にも拘らず、右建物に対する競売手続は続行され、右建物は昭和三十三年五月十四日の競売期日に訴外弓田久進により金二十二万千円で競落された。ところが、被告加茂川は前記競売の申立の取下後間もなく同年一月二十日星野に対する前記公正証書の執行力ある正本に基き配当要求を為していたので、同年七月二十九日前記売得金の内から国民金融公庫は競売費用の償還金三千六百四十九円、損害金七千三百円及び元金二万円、合計金三万九百四十九円の、被告加茂川は前記貸付元金八万千五百円及び損害金一万二千二百二十五円合計金九万三千七百二十五円の配当を受け、勝田は残金九万八千九百五十四円の引渡を受けた。

ところで、星野は前記のように昭和三十二年十二月十九日被告加茂川に対し金十二万円の支払を為したが前記公正証書に基く消費貸借契約は星野が被告加茂川から受領した金七万五千円についてのみ成立したものであり、その同年三月一日以降同年十二月十九日まで合計二百九十四日間の年一割八分の利息は金一万千二百四十五円であるから、元利合計金八万六千二百四十五円となり、金三万三千七百五十五円の過払となる。

又、被告加茂川が前記競売手続において受けた合計金九万三千七百二十五円の配当金は同被告が星野から金十二万円の支払を受け之と引替に打切りとし消滅に帰した前記公正証書に基く債権に対する配当として受領したものである。

したがつて、右過払金及び配当金合計金十二万七千四百八十円は被告加茂川が法律上の原因なくして、星野の損失において不当に利得したものということができるから、星野は同被告に対しその返還を求める権利を有するところ、原告は昭和三十三年八月十四日星野から、被告加茂川に対する右不当利得による債権を譲受け、星野は同月十五日到達の書面を以てその旨被告加茂川に通知した。

次に、原告は被告小松の仲介で星野から前記建物を買受け代金の支払を了し、被告小松に仲介料金一万六千七百五十円を支払つたものであるが、右建物については、被告加茂川の競売の申立の取下前国民金融公庫は強制競売の申立をなしており、又被告加茂川は右取下後前記の通り無効に帰した公正証書の執行力ある正本に基き配当要求の申立を為し、右金庫と被告加茂川の共同の行為により競売手続は続行され、その結果として右建物は競売され、昭和三十三年八月一日競落人訴外弓田久進のため所有権移転登記手続がなされた。

之が為、原告及び勝田は、右建物の所有権を失いその売買代金三十三万五千円、前記仲介料金一万六千七百五十円、売買予約による請求権保全の仮登記手続の登録税金六十円、前記抹消登記手続の登録税金三十円、昭和三十三年五月十六日に支払つた固定資産税金千百二十円、右建物の敷地の地主に挨拶に行つた時の手土産の菓子代金三百円、地代金八千七百六十円合計金三十六万二千二十円から勝田が受けた配当金九万八千九百五十四円を控除した残金二十六万三千六十六円の損害を被つた。

そして、右損害は被告加茂川が国民金融公庫と共同して前記競売手続を続行せしめた行為及び被告小松が不動産仲介業者として事実の調査を怠り之が為原告をして競売手続中の不動産を取得せしめたことに因るものであるから、原告及び勝田は、被告等に対し右損害の賠償を求める権利を有したが原告は昭和三十三年十二月十日勝田から同人の被告等に対する権利を譲受け、勝田は被告等に対しその旨通知した。

よつて、原告は被告加茂川に対し、前記過払による金三万三千七百五十五円及び配当による金九万三千七百二十五円合計金十二万七千四百八十円の不当利得金並に競売手続を続行せしめたことに因る損害金二十六万三千六十六円中金二十六万二千五百二十円以上合計金三十九万円及び内不当利得金十二万七千四百八十円に対する本件訴状送達の翌日たる昭和三十三年八月二十九日以降内損害金二十六万二千五百二十円に対する原告の昭和三十三年十二月十三日附第三準備書面送達の翌日たる昭和三十四年一月二十三日以降各金員完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、又被告小松に対し委任契約上の債務不履行に基く損害金二十六万三千六十六円中金二十六万二千五百二十円及び之に対する本件訴状送達の翌日たる昭和三十三年八月二十九日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶと述べた。〈立証省略〉

被告加茂川は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として原告の主張事実中、被告加茂川が原告主張の日に星野との間に金十三万円の貸借の担保として、星野所有の原告主張の建物一棟につき抵当権を設定し、その登記手続を為し、又原告主張の公正証書を作成したこと、被告加茂川は原告主張の日に星野から、金十二万円を受領し、右抵当権設定登記の抹消登記手続及び競売の申立の取下を為したこと、ところが之より先、国民金融公庫から星野に対する強制執行のため、右建物につき、強制競売の申立が為されていたため、競売手続は続行され、被告加茂川が之につき前記公正証書の執行力ある正本に基き配当要求を為し原告主張の配当額の交付を受けたことは何れも之を認める。けれども、被告加茂川は右配当金を、貸付残元金八万千五百円、昭和三十二年十二月二十日以降昭和三十三年五月十九日迄の月五分の利息合計金三千八百九十五円、抵当権設定登記の抹消登記手続費用金八百円、配当要求書提出日当金二百三十円及び同往復旅費金百円に充当した。被告加茂川は昭和二十九年中星野に対し金五万円の貸付残金を有していたが、昭和三十二年一月十四日新に金八万円を貸与し、之に右貸付残額を加えた金十三万円を元金として、利息月五分、弁済期同年十二月二十五日利息の支払を一回でも怠つた場合には期限の利益を失い且その時から日歩金三十銭の違約損害金を支払うことと約定しその担保として、原告主張の建物一棟につき抵当権を設定し、その登記手続を為し、又公正証書を作成したが、原告は右契約の際即時に金五万円、同年二月七日金一万七千円、同月十六日金千円及び同月十八日金一万二千円以上合計金八万円を交付した。被告加茂川は星野に対し抵当権の抛棄及び債権の打切を約したこと並に星野が原告に対しその主張の債権譲渡を為したことは否認する。債権譲渡通知は星野代理人鈴木正男によつて為されたが同人は星野の代理権を有しなかつたと述べた。

〈立証省略〉

被告小松訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中被告小松は不動産仲介業者であること、被告加茂川は原告主張の日に抵当権実行の為原告主張の建物につき競売の申立を為し、原告は被告小松の仲介により昭和三十二年十二月十七日に右建物を星野から代金三十三万五千円で買受け、原告主張の経過により、被告加茂川は同月十九日右抵当権設定登記につき抛棄による抹消登記手続を為し、之と同時に原告は星野から、前記建物につき売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記手続を受け、同月二十七日星野に対し代金の支払を完了し、建物につき勝田宇めのため所有権移転登記手続を受け、又被告加茂川は昭和三十三年一月七日前記競売の申立を取下げたことは之を認める。右建物の売買の仲介につき被告小松に原告主張のごとき事実調査につき懈怠のあつたことは否認する。その他の事実は知らない。被告小松は、右建物の売買の仲介に当り、星野から、該建物につき被告加茂川のため抵当権が設定されていることを告げられたので、星野と原告との売買成立直後、使用人訴外中尾藤松をして、横浜地方法務局鎌倉出張所において登記簿を調査せしめた結果右事実を確かめることができたので、被告加茂川をして抵当権設定登記の抹消登記手続及び競売の申立を取下げさせ、更に星野につき右建物には右抵当権のほか負担債権のないことを確めたものである。

宅地建物取引業者の責任は仲立又は仲介人の場合の注意義務を負担するもので、宅地建物取引業法第十三条の規定は何等右責任を加重するものではない。本件の場合被告は原告に媒介を依頼されたものであるから、その責任の範囲は取引の補助者たる立場において売買契約の成立を斡旋尽力する事実行為に止まる。したがつて、その責任の範囲は契約当事者と同一又は其以上ではありえない。このことは媒介手数料の法定額が僅少であることと表裏する、又売買の仲介を為す取引業者はその取引の補助者として売買の成立を斡旋する立場において契約当事者に対し意思決定の誘引若くは縁由たる資料を提供する事実行為を負担するに過ぎないから売買の当事者とはその利害関係又は法的地位を異にし、その取引上の責任を同一視することはできないし、又、両者は相互に関連するものでもない。したがつて、その仲介の際の調査事項は第三者として、通常知り得べき登記簿上に記載された事項に限られ、登記簿上記載なき強制競売の繋属のごとき事項は含まれないと解すべきである。

仮に以上の主張が理由がないとしても、原告主張のごとき事情により競売が続行され、之がため原告が本件建物の所有権を失つて被つた損害は特別事情に基くものと解すべきところ被告小松は之を予見し、又は予見することができなかつたものである。そうでないとしても、被告加茂川が競売申立の取下後無効の公正証書に因つて為した配当要求に基いて為された配当額は同被告の不法行為により生じた損害に該当し、被告小松の関知しないものであると述べた。〈立証省略〉

理由

訴外星野喜一が被告加茂川との間の金十三万円の貸借につき担保として星野所有の原告主張の建物につき抵当権を設定し、抵当権設定登記手続を為したことは被告加茂川の関係では当事者間に争がなく、被告小松との関係では成立に争がない甲第一号証、第三号証の一ないし三により之を認めることができる。被告加茂川が右抵当権実行の為原告主張の日に右建物につき横浜地方裁判所に競売の申立を為し、その開始決定を受けたことは被告小松との関係では当事者間に争がなく被告加茂川の関係では成立に争がない甲第一号証及び証人星野喜一の証言により之を認めることができる。又、

星野は被告小松の仲介により昭和三十二年十二月十七日原告との間に前記建物につき代金三十三万五千円で売買契約を為し、原告は星野に対し手附金六万円及び内金十万円を交付したこと及び被告加茂川は星野に対し金十二万円の支払と引換に前記抵当権を抛棄し且債権は打切とする旨約したことは被告小松の関係では当事者間に争がなく、被告加茂川の関係では証人星野喜一の証言により成立を認めうる甲第五号証の一、原告本人の尋問の結果により成立を認めうる同第六号証の一並に証人星野喜一の証言及び原告本人の尋問の結果により之を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。そして、原告主張の日に被告加茂川が星野から金十二万円を受領し、前記抵当権設定登記の抹消登記手続を為し且右競売の申立を取下げたことは当事者間に争がない。

この間、星野が前記建物につき、原告のため売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記手続を為し、原告から右建物売買の残代金の支払を受け、右建物につき原告の指定した訴外勝田宇めのため所有権移転登記手続を為したことは、被告小松の関係では当事者間に争がなく、被告加茂川の関係では成立に争がない甲第一号証、原告本人の尋問の結果により成立を認めうる甲第六号証の二、証人星野喜一の証言及び原告本人の尋問の結果により之を認めることができ、又右所有権移転登記手続は、原告において星野から買受けた前記建物を勝田に贈与したため、原告の希望により中間登記を省略し、星野から直ちに勝田に対して為されたものであることは原告本人の尋問の結果により之を認めることができ右認定を左右すべき証拠はない。

ところが、被告加茂川が前記競売の申立を取下げるに先ち訴外国民金融公庫は原告主張の日に原告に対する支払命令の執行力ある正本に基く金二万円の債権の執行のため右建物につき強制競売の申立を為していたため、被告加茂川の競売の申立の取下にも拘らず、前記競売手続は続行され、訴外弓田久進は競落により右建物を取得したことは、被告加茂川の関係では当事者間に争がなく、被告小松の関係では証人星野喜一の証言並に原告本人及び被告小松正之本人(一回)の各尋問の結果により之を認めることができる。そして、被告加茂川は前記星野との間の貸借につき作成した公正証書の執行力ある正本に基ずき、原告主張の日に右競売手続において配当要求を為し、原告主張のごとく合計金九万三千七百二十五円の配当を受けたことは被告加茂川の関係においては当事者間に争がなく、被告小松の関係では甲第三号証の三によりて之を認めることができる。

被告加茂川に対する請求について

原告は、被告加茂川と星野との間の金十三万円の消費貸借契約は金七万五千円の限度で成立したのみであるから、之に約定の利息を加えてもなお昭和三十二年十二月十九日現在において金十二万円に満たず、星野が同日支払つた金十二万円は過払であり、星野は過払額の返還請求権を有する旨主張するけれども、右貸借契約に当り、星野が被告加茂川から金七万五千円の交付を受けたことは原告の認めるところであり、成立に争がない甲第三号証の一ないし三、証人星野喜一の証言を綜合すれば星野と被告加茂川との間において、右金七万五千円に、之より先星野が被告加茂川に対し負担していた金五万円の貸借上の債務額を加え、元金十三万円、弁済期昭和三十二年十二月二十五日、利息年一割八分、毎月末日払、期日後の損害金年三割八分なる消費貸借契約を締結したことを認めることができ、乙第一号証の記載中右認定と異る部分は採用し難く、他には右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、右消費貸借契約は、少くとも金十二万五千円の範囲で成立したことは明白であり、之に原告主張の期間の右約定利息を加えれば金十三万五千円を超過することは計算上明かであり、星野の支払つた金十二万円が過払となつたと認めることはできないから右事実を前提とする原告の主張はその余の判断を為すまでもなく理由がない。

次に、原告は、被告加茂川は前記のように、金十二万円の支払を受け、之と交換に残債権を抛棄したにもかかわらず前記競売手続において前記公正証書の執行力ある正本に基き金九万三千七百二十五円の配当を受け、因て従来前記建物の所有者であつた星野に対し、右配当額と同額の損害を与えたから、星野は被告加茂川に対しその返還請求権を有する旨主張するけれども、強制競売開始決定により差押の効力を受けるに至つた不動産と雖も、債務者において之を売買又は譲与等の処分を為することができるものであり、その処分は単に之を以て差押債権者に対抗することができない関係上、差押債権者はかような処分行為を無視して差押不動産に対し強制執行を続行しうるに過ぎないのであるから、差押不動産に関し所有権を取得した第三者は差押不動産の売却代金中債権者に完済した後に残存する剰余額の支払を求める権利を有するものと解すべきである。したがつて、被告加茂川が虚無の債権に基いて前記配当を受けた為に損害を受けたものは前記不動産の譲渡人である星野ではなく、その最後の譲受人である勝田であるといわなければならないから、右損害を受けたものが星野であることを前提とする原告の主張は採用することができない。

又、原告は国民金融公庫の強制競売の申立により続行された競売手続に前記経過により無効に帰した公正証書の執行力ある正本により配当要求を為し、因て同公庫と共同し、勝田の所有に帰した建物を競売により喪失せしめた旨主張するけれども、右競売手続の続行は被告加茂川により任意競売の申立が取下げられる以前同公庫が原告主張の債務名義に基き強制競売の申立を為していたことによるものであるところ、被告加茂川が右続行手続において配当要求を為していたことを捉えて、右競売手続の続行につき同公庫と共同したものと解することはできないし、又その他に右競売手続の続行につき被告加茂川と公庫との間に通謀の関係のあつたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右通謀又は共同の事実を前提とする主張もまた理由がないものといわなければならない。

したがつて、原告の被告加茂川に対する本訴請求はその余の判断を為すまでもなく、いずれも理由がないものとして之を棄却すべきである。

被告小松に対する請求について

被告小松が宅地建物の取引業を為すものであることは当事者間に争がなく、宅地建物の取引業を為すものが宅地建物の売買の仲介斡旋を為す場合には当事者双方のため売買契約が支障なく履行され、当事者双方が契約の目的を達しうるよう配慮して仲介事務を処理すべき業務上の責任があるところ、民事訴訟法第六百四十五条の規定は競売法による競売にも準用があるから、既に競売法による競売の申立により競売手続が開始されている不動産につき更に強制競売の申立が為された場合には先に開始された競売の執行記録に之を添附すべきであり、その後競売法による競売の申立が取下げられた場合にも改めて競売手続の開始決定を為すことなく、強制競売の申立が執行記録に添附された時に遡つて開始決定が為されたと同一の効力を生じるのみである。しかも、この場合には登記簿上先の競売申立の登記の記入は抹消されず、之を後の強制競売の申立のために転用し、再度強制競売の申立の登記記入の嘱託はされることはないものであるから、競売手続の開始決定が為された不動産について二重に競売の申立が為されたか否かは単に登記簿を閲覧するのみでは足りず、執行記録について之を確かめなければならないことは明かである。

それ故、宅地建物の取引業者が競売手続が進行中である宅地建物につき売買の仲介をなす場合において、当該売買契約が支障なく履行され当事者双方が契約の目的を達しうるように仲介義務を果たすためには単に登記簿の閲覧を為すのみでは足りず、その執行記録について第二の競売の申立が為されたか否かを確かめることを要するものといわなければならない。

本件について之を見ると、被告小松正之本人の尋問の結果によれば、被告小松は単に登記簿謄本を閲覧したことを認めうるのみでその他に本件建物の所有者である星野について之を確かめ又は執行記録について之を調査した事実については之を認めるに足りる証拠はないから、被告小松は軽卒にも、被告加茂川をして、その抵当権実行の為の競売の申立の取下をさせればそれで前記原告と星野の間の売買契約は支障なく履行され当事者双方がその目的を達しうるものと即断したものであるというほかはなく、被告小松は原告と星野との間の前記売買契約の仲介を為すにつき必要なる業務上の処置を怠つたものといわなければならない。

したがつて、被告小松は原告の依頼に基く前記売買契約の仲介につき右業務上の処置を怠つた債務不履行により原告の被つた損害の賠償を為す義務のあることは明かである。

ところで、原告は前記建物を買受けた後之を勝田に贈与したがその後右建物が第三者により競落されたため、原告は右贈与の目的を達することができないこととなつたところ、原告は右売買契約に関し、前記の通り、売買代金三十三万五千円のほか、被告小松との関係で成立に争がない甲第六号証の三及び第八号証並に本件口頭弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第七号証の二によれば、被告小松に対する仲介料金一万六千七百五十円、前記建物の敷地に対する昭和三十三年十二月十四日迄一年分の地代金八千七百六十円、昭和三十三年度固定資産税及び都市計画税合計金千百二十円並に雑費(菓子代)金三百円を支出したことを、又証人勝田宇めの証言によれば原告はその他に売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記手続費用金六十円及び抵当権設定登記抹消登記手続費用金三十円を支出したことを認めることができ、以上の認定を動かすに足りる証拠はない。

けれども、原告本人尋問の結果によれば、原告は星野から前記建物を買受け、昭和三十二年十二月二十八日にはその引渡を受け爾来之を使用していたことを認めることができるから、原告は少くとも、その後右建物が競落された昭和三十三年五月十四日までは右建物の所有者として右土地を使用していたものというべく、右地代中少くともその約半額は原告において当然に支払義務を負担していたことが明かであり、又本件口頭弁論の全趣旨により、原告が右建物の敷地の地主に対する交渉のための手土産等の関係で支出したものと認めうる右金三百円もまた原告がその全額を負担すべきものと認めるのが相当であり、固定資産税もまた甲第八号証によればその中少くとも昭和三十三年四月三十日納期到来の分納額金二百八十円は当然原告の負担である性質のものと認めるべきである。そして前記地代及び固定資産税中その余の部分は右建物競落後の分に属するものであるにも拘らず、原告が事前にその支払を為したものにかかり、特別事情に基き生じた損害と解すべきところ、被告小松において之を予見し、又は予見しうべかりしことについては之を認めるに足りる証拠はない。

又、原告は、勝田は前記競売手続において建物の所有者として配当残額金九万八千九百五十四円の返還を受けたというのであり又被告加茂川が右競売手続において配当として受けた前記金九万三千七百二十五円は同被告において不当利得として勝田に返還すべきものであることは被告加茂川に対する請求の項において説明した通りである。

以上の事実によれば原告は前記建物が競売されたことによりその出損にかかる建物の売買代金、被告小松に支払つた仲介料並に仮登記及び抹消登記の各費用合計金三十五万千八百四十円から勝田の受領した配当残額及び被告加茂川に対する配当額合計金十九万二千六百七十九円を控除した金十五万九千百六十一円の損害を被つたものと認めるべきである。

したがつて、被告小松は原告に対し、前記原告の被つた損害額金十五万九千百六十一円及び之に対する本件訴状送達の翌日たる昭和三十三年八月二十九日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を為す義務のあることは明かであるから原告の同被告に対する本訴請求は右義務の履行を求める範囲において之を認容すべきであるがその余は理由がないから之を棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条及び第九十二条本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 松尾巖)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例